【略 歴】
東京生まれ。
幼少の頃より、工藤昭二のマリンバのレッスンを受ける。
高校入学時より、打楽器を小宅勇輔に師事。
東京芸術大学に入学し、打楽器一般を有賀誠門、マリンバを高橋美智子に師事。横浜在住。
1972年(昭47) | 東京芸術大学大学院在学中に、ジュネーヴ国際コンクール打楽器部門で優勝。 同時に各部門のグランプリであるプリ・アメリカン賞も受ける。以後、ヨーロッパや日本を中心にソロ活動を続ける。 |
1977年(昭52) | ミュンヘン国際コンクール1位なしの2位。 |
1980年(昭55) | サントリー音楽賞受賞。アルバム「吉原すみれ・打楽器の世界1」において芸術祭優秀賞受賞。 |
1983年(昭58) | アンサンブル・ヴァン・ドリアン団員として中島健蔵賞受賞。 |
1986年(昭61) | 評論家立花隆の制作録音によるCD「とぎれた闇」を発表。 |
1993年(平5) | ニューヨークにてミュージック・フロム・ジャパンを公演。 |
2002年(平14) | 第20回中島健蔵音楽賞優秀賞を受賞。 |
2004年(平16) | 第13回朝日現代音楽賞受賞。 |
アンサンブルタケミツ・メンバー
武蔵野音楽大学教授
相愛大学・山形大学 非常勤講師
《捜真の想い出》
幼稚園の頃から木琴を習っていましたが、中学1年生の時に鈴木寛一先生が私の演奏をお聞きになって、音楽に進んだらどうかと言ってくださいました。
その後、ずっと、チャペル下の音楽室奥の小部屋をお借りして、朝と放課後1時間ずつ練習していました。夏休み中は古い体育館をお借りしました。
東京芸術大学入試は、マリンバでは受けられず小太鼓だったので、3年間先生について勉強しました。ふつう音楽に進む場合は、物理や化学は選択しないけれど、私はその上に数Ⅲまで勉強して大変きつかったですが、いろいろな面で偏らない教育を受けてよかったと思います。
英語もとても好きで弁論大会にも出ました。海外の演奏に行っても大変役立ち不自由しませんでした。捜真では会話にも力を入れていたので、しゃべることが苦にならずありがたかったです。
(同窓会報2号から)
日本を代表する打楽器奏者の吉原すみれさんは、中学高校当時からもう人並み外れた才能を発揮されていて、チャペルで全校生徒を前にマリンバの演奏をしてくださり、生徒たちはその音色の美しさ、技術の高さにただただ圧倒されて演奏に引き込まれたことでした。高校3年生の時には東京芸術大学への進学を目指していて、暑い夏休みの最中でも、チャペルの下の小さな部屋で打楽器を練習する音が学校中に響いていました。家では騒音の問題もあり、なかなか練習ができなかったのだと思います。プロになられてからも、今度は同窓会主催のコンサートで何度も演奏を披露してくださっています。