【略歴】
2013年 | 捜真女学校卒業 |
2013年 | 上智大学理工学部機能創造理工学科 入学 |
2017年 | 上智大学理工学部機能創造理工学科 卒業 |
2017年 | 国立研究開発法人理化学研究所 入所 |
新しい診断方法や治療方法の開発研究を行う研究室にて室長秘書、プロジェクトアドミンを担当
2020年 介護・高齢化社会向けITソリューションを開発提供するベンチャー企業にて、代表取締役秘書として従事
【賞罰】
2016年 Asian ICMC Outstanding Poster Presentation Award 受賞
(1st Asian ICMC-CSSJ 50th Anniversary Conference にて)
【執筆】
2018年 医学のあゆみ 2018年267巻8号(共同執筆)
2019年 医学のあゆみ 2019年269巻4号(共同執筆)
医療と検査機器・試薬 2019年Vol.42 No.6(共同執筆)
【捜真との思い出】
「非日常」から「日常」へ
捜真での思い出は毎日の礼拝の時間です。在学当時、私にとって日々の礼拝の時間は空気のように過ぎて行く一日の中の30分という時間でした。
元々キリスト教の学校を志望していた私にとって捜真での礼拝の時間、チャペルでの時間は居心地の良い空間と時間でしたが、在学中は定期試験前や試験期間中にも礼拝を行うことには驚きを隠せずにいました。しかし捜真を卒業して大学に入学をしてから、毎日の生活に礼拝という時間がないことに少しずつ寂しさを感じていることに気付き、6年間で礼拝という時間が私の生活の一部になっていたことを実感しました。
一日の中での30分という非常に短い時間であっても、全ての邪念を取り払い先生方のお話を伺うことができる礼拝は大変貴重な時間であったこと、そしてそのような貴重な時間を当たり前の時間として設けてくださっていたことに感謝しています。
卒業して早くも7年という月日が経ちましたが、今までもこれからも聖書は私にとって大切な一冊の道標、心の拠り所であることに自信を持ち、卒業生として6年間の教えを胸に歩みを続けていきたいと考えています。
「数十万分の1の奇跡」を信じて
私はこの春、日本骨髄バンクから骨髄提供者として選出されました。元から日本骨髄バンクにドナー登録をしていたこと、また誰かの命が救われること以上の幸せはないと思い、二つ返事で提供承諾をしました。何より隣人愛を重んじる捜真の校訓を思い出すと同時に、大病することなくここまで育ててくれた親への恩返しだとも思いました。
捜真在学中から医療分野へ強い関心があった私は、大学卒業後は新しい医療機器の開発などに携わりたいと考え大学では電気電子工学を専攻しました。そのため卒業研究ではMRIなどに用いられる超伝導の特性について研究しました。実際にはリニア新幹線や発電機に活用されるための超伝導特性の研究ではありましたが、国際学会での発表など多く経験を積むことができ卒業後の進路に大きく影響しました。
卒業後は学生時代の夢でもあった新しい診断方法や治療方法の研究開発に携わることができましたが、捜真在学時から苦手な生物分野からアプローチする研究開発でした。しかし大学在学時に学んだ論理的思考力や俯瞰かつ多角的考察力は活きることが多く、異分野ながらに多くのことを学び経験をしました。
私がドナー提供者として選出されときは微々たるものではありますが、社会人になり医学的知識を得てからでした。それでも未だ無知なことも多く、一重に移植といっても様々な方法があること、実際に移植に至るまでにたくさんのプロセスがあることなど、私自身の知識は氷山の一角であったことを痛感しました。また一般的に適合者が選定されてから患者さんへ実際に移植が完了するまでの確率は数万分の1と言われています。今回は結果として提供が予定されていた私の骨髄は患者さんの元へは届かずコーディネートが終了しました。それでも患者さんとご家族に一瞬でも未来への希望と笑顔を届けることができたならば幸せだと思っています。また、今回提供者として選出されたことで学んだ移植現場の実情や正しい情報を伝えることも使命の一つだと考えています。
もちろん移植は患者さんと提供者、医療従事者、コーディネーターの方々と多くの人が手を取り合うことで初めて成り立つ治療法です。それは決して強制的なものではありませんが、みんなが命を繋ぎたいという共通の想いを持って行われることです。これからは多くの方に移植という治療法について考える機会を持ってもらうこと、正しい情報を伝えるという使命を全うしながら、また提供者に選出されたといつ連絡があっても良いように充実した日々を送りたいと思っています。