花咲く同窓生

多様化する社会の中で「地の塩、世の光」としてたゆみない歩みを続けている卒業生を紹介します。
既に神様のもとに召された方々に対しても、記憶にとどめ、敬意を表したいと思います。
1950年卒業(高2)

小玉 敏子

Kodama Satoko
英語学者 関東学院女子短期大学名誉教授(元学長)
【略歴】

捜真女学校高等学部卒業

津田塾大学英文科卒業

米国クレアモント大学院修士課程修了(フルブライト奨学生として)

関東学院女子短期大学名誉教授

関東学院女子短期大学学長(1992-1996)

捜真学院理事長(2000-2011)

 

研究テーマ  英語、英語教育、英学史(横浜の英学、宣教師の活躍)

主な著書   「維新前後の横浜の英学ー宣教師による英学塾ー」 やしま書房 1965年

       「明治の横浜―英語・キリスト教文学」小玉晃一 敏子共著 笠間書院 1979年 

       「横浜開港と宣教師たちー伝道とミッション・スクール」共著 有隣堂 2008年   

       「横浜の女性宣教師たちー開港から戦後復興の足跡」共著 有隣堂  2018年

       「横浜のミッション・スクール」(『東日本英学史研究』第17号)2018年

 

《捜真の戦後復興の中で学んだこと》

 

「祈りの上に建てられた学校」である捜真は、歴代の校長先生はじめ、教職員、卒業生を通じて、創立者の祈りが受け継がれてきました。太平洋戦争中の横浜大空襲で全校舎を失った時も、焼跡の整理に集まった先生方と生徒は、まず礼拝を行ってから作業を始めました。

戦後、千葉勇校長をお迎えして再建が進められました。後日、捜真を訪問された実業家が、学校施設が物資の少ない戦後10年ほどで再建されたことを聞いて「千葉先生はやり手ですなあ、学校の先生にしておくのは惜しい…」とおっしゃったそうです。すると千葉先生はとても悲しそうな顔をされて、「私は決してやり手ではありません。これらはみな、信仰によって与えられた建物です」と言われたそうです。

「祈りの上に建てられた学校」を受け継いだ私達は、皆様とご一緒にこの学校の伝統を活かし、更に次の世代に伝えていく責任があると思います。

(礼拝式辞から)

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