花咲く同窓生

多様化する社会の中で「地の塩、世の光」としてたゆみない歩みを続けている卒業生を紹介します。
既に神様のもとに召された方々に対しても、記憶にとどめ、敬意を表したいと思います。
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1929年卒業(普31)

渡辺 はま子

Watanabe Hamako
歌手
【略 歴】
1910年(明43) 誕生
1929年(昭和4) 捜真女学校普通科卒業
1933年(昭8) 武蔵野音楽学校(現武蔵野音楽大学)卒業
横浜高等女学校(現横浜学園高等学校)の音楽教師
1933年(昭8) 12月 ビクターから歌手デビュー
戦前戦後を通して流行歌手として活躍
1999年(平11) 逝去
【代表曲】

支那の夜/蘇州夜曲/桑港のチャイナ街

【受賞歴】

日本レコード大賞 特別賞1973年、特別功労賞2000年

【受章歴】

 紫綬褒章1973年、勲四等宝冠章1981年

 1952年(昭27) フィリピンのモンテンルパ刑務所には100人を超える日本人戦犯が収容されていました。その中の死刑囚が望郷の思いを込めて作詞、作曲した譜面がはま子に送られてきたのです。その曲が「あゝモンテンルパの夜は更けて」となりレコード化され大ヒットしました。その後まだ国交のなかったフィリピンに渡り、モンテンルパ収容所でこの曲を歌い、戦犯の方々を励ましました。またフィリピン政府に戦犯の減刑と釈放を嘆願し、翌1953年キリノ大統領の特赦により108人の受刑者全員が帰国を果たしました。はま子の弱者に寄り添う生き方は捜真時代に培われたと言えるでしょう。

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《はま子さんの思い出》

 在学中から歌がお上手で全生徒から「はまちゃん」の愛称で親しまれていました。当時は制服のない時代、はまちゃんは和服に紺の袴、黒の革靴。明るいベージュのワンピースのこともありました。少し茶色がかった髪を三つ編みにして、自然のウェーブが色白のお顔を一層引き立てていて西洋人形のようでした。
 卒業後、「捜真の心を持って歌いたいといつも思っているのよ」と言われた一言が今も耳に残っています。

粕谷和子(普32) 同窓会会報24号から

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